院長紹介

ご縁のあった方が、

物心ともに幸福に過ごせる文化創造する

Be Not Afraid !!

小林 和哉 (こばやし かずや)

経歴・資格について

資格取得・業界歴

  • 厚生労働省認定 柔道整復師 

朝日医療大学校卒業後、市内の整骨院2か所で8年間勤務し2021年に独立。交通事故施術、スポーツ障害、腰痛施術等、延べ2万人以上の臨床に携わる

17歳から26歳まで海外に在住

  • 0歳から高校2年生まで広島県福山市に在住
  • オーストラリア ビクトリア州 St Peter’s College Cranbourne
  • アメリカ ハワイ州立大学 交通経営学卒業
  • 仕事でベトナムに1年在住(奥さんはベトナム人です)

趣味・特技

  • 鉄道(特に模型作り)
  • サーフィン・SUPボード
  • サッカー(すでに引退してます)
  • 広島カープファン(森下投手と羽月選手が大好きです)
  • 英会話 

かず御幸整体院の理念

ご縁のあった方が、

物心ともに幸福に過ごせる文化創造する

苦しみを体験したからこそ寄り添える

今でこそ、「先生、病気なんてしたことないでしょ」と言われますが、

私は先天性の心臓疾患をもって生まれました。それこそ3歳くらいまではたびたび入退院を繰り返していました。

頻繁に不整脈で立っているのもつらい状態になったこと、今でも忘れられません。

小学校の体育も見学が基本。担任の先生からも、「倒れてもらったら私が困るからおとなしくしとけ!」といわれ生徒よりも自分の保身のほうが大事なのかとショックだったことも。

心臓病の影響で発達も遅れ、周りより体も小さく小学校6年間と中学3年間はずっといじめにあい、父親から「おまえは人間の愚の骨頂、情けない!」と言われ続けどん底を味わいました。

子供会の行事の帰りに同級生グループから集団リンチに遭い、だけど役員の大人は誰も助けてくれなくて1人逃げ帰った日...

「誰も頼りにしたらダメだ!自分の身は自分で守らないと」とわずか10歳で大人がなんとかしてくれるなんて一切考えなくなりました。

本当に人が信じれなくなったし、死にたいと何度も思った。

そしていつしか「人の人生はどうやったら幸せと感じれるようになるのか?」と本気で考えるようになりました。

どん底から光が見えた瞬間

中学までの環境を変えたいと隣の市の高校に進学しましたが、人間不信で友人は出来ませんでした。本当にこのままだと一生どん底。なんとかこの状況を打破したくオーストラリアの高校の留学試験を受けて17歳で単身オーストラリアへ。

そして、この仕事を選ぼうと思った直接のきっかけが訪れます。

サッカーの試合中、太ももの肉離れで思うように走れなくなったときです。

12歳の時、日本最年少で受けたカテーテル手術後、人並みに走れるようになっていた私にとってサッカーが出来ることがうれしくてたまりませんでした。オーストラリアでもハワイでもベトナムでもサッカーがあったからこそ多くの出会いに恵まれました。

オーストラリアに住んでいた時、試合で大柄なローカル選手の膝が太ももに入り、痛めてしまいました。休んでいればもっと早く良くなったのだと思うのですが、現地の人々に認めてもらいたく休まずに治療をしつつ、何とか練習をしていました。

何よりもうれしかったのが、周りに親切な人がたくさんいたこと。復帰に向けて温かいサポートを受けました。人間不信に陥り、人生良いことがないと苦しんでいた自分がこの人たちを喜ばしたいと本気で思えたことで人生に光が見えてきました。

特に当時付き合っていた女の子が異国から来て孤独な私をたくさんサポートしてくれて、心配もしてくれた。

幼少期からここに至るまでいじめや差別、心無い態度をたくさん受けてきた私がこの時以来ずっと、「この場面だったら彼女はなんと言うだろうな?」と考え方を参考にさせてもらってるし、彼女みたいな振る舞いが出来たら幸せな人が周りに増えていくだろうなと思う。

気づいたら『ご縁のあった方がよりよい人生を過ごすお手伝いがしたい!』と考えるようになっていました。

整体を志した瞬間

大学卒業後一度は日本に帰国、会社員時代にベトナム赴任も経験した私でしたが、整体を学ぼうと思った転機が突然訪れます。

それは現在もほぼ毎日、大好きな畑仕事に精を出す90近くのおばあちゃんのお話。過去に、「いつまでも元気でいて欲しい!」と心から思った出来事です。

から15年前に膝痛を訴えるようになり、病院に通うようになりました。電気をあて、シップを貰って帰る日々でしたが、年々状況は悪化。ついには大好きな畑仕事が出来なくなり、手術を受ける事になりました。しかし、手術をしても完全には良くならず、また年々状況は悪化。

そして10年前、ついに病院の先生から診察室で告げられました。

『もう畑は辞めて下さい。歳なんだし、歩けなくなりますよ。』

畑仕事が生きがいのおばあちゃんにとって、これほどキツイ診断は無かったでしょう。

「手術はもうしたくない、けれど、他に方法はないもの」と信じていたおばあちゃん。

行き場のない悔しさと寂しさに、涙を流しているおばあちゃんを見ると、私も悲しくなりました。

そんなおばあちゃんを見かねて、当時私自身が、定期的に診てもらっていた整体院の先生に相談して、おばあちゃんも診てもらうことにしました。

すると、先生は初診で

『畑、また出来るようになるから、大丈夫ですよ!』

と言って下さり、本当に嬉しい言葉からのスタートでした。

その後、本当に数か月でおばあちゃんの膝痛は無くなり、畑に戻ることもできました。そして今に至るまで元気に畑に通っています。

いま思えば、この時が、『整体の先生になりたい!』と決めた瞬間でした。

学び、そして開業

その後、整体の先生の勧めで柔道整復師の資格を取得し、地域の整骨院2か所で8年間の研修ののち2021年5月に祖母の地元、福山市御幸町で開業しました。

様々な勉強をする中で、今では、骨盤を中心に考え、人が人らしくいるためには「歩く」ということを本質とするべきという治療法と出会い、現在のスタイルとなりました。

最近では、病院や整形外科では分からない怪我や病気も含めて、当時の自分の怪我や病気の原因までも、とてもよくわかるようになりました。

病気やケガで辛い思いをしているあなたへ

ご自身の病気やケガ、痛みの理由がわからないのは本当につらいと思います。

でも、痛みには必ず理由があります、その理由を含めて知ることでしっかりと自分の体と向き合えるようになります。ちゃんと良くなるためにはルールがあります。

あなたが一歩踏み出したその勇気、私が受け止めます。